1980年代後半~1990年、アニメーションの各労働組合では、組合どうしだけはなく、経営者や日俳連(日本俳優連合)の声優らなど、広範な人たちと共同行動を行う準備が着々と進んでいました。
(※この頃の労働組合というのは、主に、映演共闘、アニメ共闘(東映動画労働組合、東京ムービー労働組合、映産労)、映演アニメユニオン準備会などをさします)。
下の写真は、映産労中央執行委員会の会議で配布された討議用レジュメ(内部資料)です。
(※レジュメとは、フランス語で、要約・概要などを意味します。紙に印刷したものを会議前に配布するのが一般的です。レジメともいいます)。
どうやったら大規模な集会が実現・成功させられるか、広く社会にアピールできるか、各組合では、何度も会議を重ね、検討・分析を続けていました。
スローガンとしては、「番組制作費の引き上げ」、「白味・線撮りを無くす」、「番組制作発注は早めに」、など、各層と一致できる内容に絞込みました。
賛同者を多く集め、1000人規模の集会をイメージしていきました。
参加者はアニメーション制作にかかわるすべての人を対象にしますが、日本俳優連合(声優)、シナリオライター(放送作家協会)、さらに、アニメ視聴者・アニメファン、婦人団体、CM連絡会、文化団体、東京デザイナー学院や代々木アニメーション学院など、関係団体や学校にも呼びかける案が出されました。
会議に参加した組合員からは、「日曜日というのに、銀座や渋谷(集会予定地)に、各スタジオの人がわざわざ行くのか」「練馬でやってはどうか」「学校、あるいは東映動画を開放させては」など、様々な意見が出されました。(ア点)