アニメ・ビジネスのはじまり

写真は新日本婦人の会（※1）の機関紙「新婦人しんぶん」のコピーです。西暦を記したページを保存していなかったので推測ですが、たぶん、1990年の発行ではないかと思います。
1990年は、銀座デモの前年。商業アニメーション制作現場の制作費引き上げ運動が、1960年代以降、もっとも一般に露出した年です。繰り返し紹介してきたように、この時期、さまざまなメディアが、制作現場の問題や、制作費引き上げ要求の存在を報じました。


「新婦人しんぶん・1906号」の文化欄では、「現代アニメ事情／夢いっぱいのアニメがいいナ／なぜCMやキャラクター商品？制作現場は？」と題して、以下のようにアニメの問題点を取材し、報じています。まとめと（）内の注釈・補足はアニメレポート編集部。

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◆週に40本以上のテレビアニメが放送されている。テレビアニメには「キャラクター商品」が付き物。CMが入ると「あれがほしい」、店に入ればキャラクター付きの商品を「買ってほしい」と母親はいつも子供にせがまれる。放送中の「ちびまる子ちゃん」のキャラクター商品は300種以上である。
「テレビを見ているとおとなしくて助かるけど、ほっておくと1時間も2時間も見る。ちょっと（アニメ）番組が多すぎるのでは」

アニメを製作・放送する側は「子供に夢を与えたい」と言っているが、「アニメなら安定して数％の視聴率が取れる」というのも局の本音らしい。
CMと一緒に大量に放送されるテレビアニメ。どうしてこういう事になったのか。

◆日本初の本格的シリーズ・アニメ「鉄腕アトム」がスタートしたのは1963年。当時、30分番組1本の制作コストは約200万円だった。しかし、放送局が負担した最初の金額は約55万円だった。この55万円は当時の他番組とほぼ同額の値段であった。（その後制作会社に支払われる金額は180万円に上がったが、それでも実際の制作費には満たなかった。ちなみに現在・2011年の30分番組1本あたりに支払われる金額は平均1000万円）。

「鉄腕アトム」の赤字分は、キャラクターの版権を売って補填するという方法がとられた。
「鉄腕アトム」の大人気で、アトム・シールの付いた製菓会社の商品は大きく売り上げを伸ばし、業界トップの業績をあげるまでに至った。これがキャラクター・ビジネスのはしりである。
テレビアニメは、子供の人気をさらったのと同時に、スポンサーからも注目されるようになった。安い制作費とキャラクタービジネスという問題はここからはじまった。

◆元来、アニメーションは人手のかかる手仕事。30分もの１本に対し、4000枚近くの枚数を必要とし、200人以上のスタッフで、最低でも３ヶ月はかかる。他の番組と同じ制作費で作ることに無理がある。

アニメ共闘会議事務局長のA氏はこう語る。「放送局の出す制作費が安く、アニメ労働者の生活の保障もできない。だから制作現場は人手不足になり、ますます労働条件が悪くなって、人材も育たない。現在（1990年当時）の30分のテレビアニメに放送局から支払われる制作費は約700万円ですが、アニメーターたちが世間なみに生活をするには、これの３倍が必要です。」
民放労連関東地方連絡会のMさんは「民放連の放送基準で、民間放送の使命として”文化の向上””公共の福祉”をうたっているにもかかわらず、利益本位で制作費をおさえている」と話す。

ある放送関係者の話。「当たれば膨大になるキャラクターの版権収入をめあてに、広告代理店が必要以上に放送局から安く、しかもたくさんのアニメ番組を請け負ってしまう。でも当たるかどうか不安だから、１本１本のコストを抑えて、下請け（制作現場）にしわ寄せする。ところがヒットしても利益は制作現場には還元されない。」

◆こうした矛盾は作品にどう影響するのか。虫プロ社長のI氏はこう述べている。
「虫プロテレビアニメ第２作の”ジャングル大帝”の時には、正社員のアニメーターが（皆と）一緒になって作っていた。各部門の担当者が内容や演について意見を出し合い、放送後は反省会をしたり、制作班で機関紙を出したり（していた。今は（当時は）プロダクションも無数にあって、分業化・下請け化が進み、末端のアニメーターは完成作品を見ることもないでしょう。それに１枚の単価が安く、出来高制だから、描き飛ばしていくことになり、絵も荒れてくる。それでも人手が足りないから枚数を少なくする。アニメが動かなくなるんです。」

アニメーション評論家のI氏はこう語る。
「今の子ども番組の中心はアニメですから、その制作現場が荒れるということは、テレビ文化が荒れるということです。スポンサー・放送局側は、アニメ文化を育てるということより、安く早く作って視聴率を上げ、アニメを使って商品を売ろうという意識が強いことが問題の原因だと思います。日本のアニメは技術的に高いものを持っているし、文化的にすばらしいものであるはずなのに、粗製濫造されている。（中略）
お母さんたちも視聴者として、子どもにいい文化をという問題意識をもって、いいものはほめ、悪いものは批判して、局やスポンサーに注文をしていってほしいですね。」

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記事のまとめは以上です。
「鉄腕アトム」の放送が始まってから、48年。基本的な問題の構造はまったく変わっていません。

制作現場であれこれ話し合ったり論議したりながら作られてきた日本のアニメ。しかし、それらの歴史を築いてきた現場は現在、単なる突貫工場代わりに使われ、儲け話の時には蚊帳の外、肝心のアニメ作品は、一部を除いて、巨大な利益を生む、大量消費のための広告・道具としてのみ扱われています。

広告代理店が、大手制作会社に、各話演出（監督）体制ではなく、代理店が作品内部を管理しやすいチーフ・ディレクター方式にしてほしいと要求を出したのが1970年代、古い演出家ではなく若い演出家を使うように要求を出したのが1980年代、製作委員会など製作母体が、ロイヤリティ支払いの問題が発生するシナリオライターや音楽出版関係者を直接管理し始めたのが1990年代、「アニメは広告である」「コンテンツを使って企業グループで儲けたい」と公言をはばからなくなったのが2000年以降。現在、さまざまな法律で「アニメによるお金儲け」が「責務」と公認されたので、各大企業はさらに自信を持って「利益優先」を国家的美学のように推進し続けています。

現在、キャラクターデザイナーへの権利譲渡を求める契約書や、機密保持契約書など、製作委員会など企業の利益を守るための書類はこまめに作りますが、全参加スタッフによるラッシュ・チェックなど、作品作りの要ともいえるコミュニケーションは完全に無視されています。
かんじんの作品内容や方向性作りは、1971年以降、公式に著作権を手に入れた製作企業の利益目的のみで決定されるようになってしまいました。世界的に有名になった日本アニメの人気の秘訣は、記事にもあるように、大企業の会議の机上で計画するのではなく、全スタッフが工夫・研究しながら「制作現場で作品を作る」点にありました。
その昔、絵コンテや設定書、原画などは、機密文書などではなく、新人が勉強のためにほしいと申し出れば、その作品にかかわっていなくても貰え、広く技術を学ぶことが可能だったのです。

子どもに夢を、すばらしい作品を、といいつつ、40年以上、動画単価が100円しか上がっていない、この現状を、製作母体側は、全国の子どもたちにどう説明するのでしょうか。
ある放送局は「今の３倍の値段を払っていたら、アニメ文化自体が無くなってしまう」と説明しています。企業も国も、「文化」と「お金儲け」を、かん違いしていませんか。（ア点）

　　　　　　　　　　　　　　　（↑テレビ局の収益増を伝える1990年の新聞）



（※1）「新日本婦人の会」は、1962年、平塚らいてう、いわさきちひろ、壺井栄、野上弥生子、羽仁説子、岸輝子らの呼びかけにより結成された、個人加盟20万人で構成される女性団体・国連経済社会理事会特別協議資格を有するNGO。



アニメの制作体制の移り変わり・その２／テレビアニメーションの誕生、国産テレビアニメ誕生期の番組本数

アニメの制作体制の移り変わり・その7／夢の映像を見捨てるな…しかし、放送局の冷たい対応